2008年 12月 03日
七七忌 |
世間の人はあっと言う間に四十九日を迎えると言うが、
亡くなってから、通夜葬儀初七日と葬送の儀式が続き、そして今日と長い49日間でした。
遺品の写真やおりおりの思いが綴られた原稿用紙を整理しながら
思い出しては涙し、時には 「横断歩道を渡り終わったら、若い男が乗った車が
止まり、くそばババーと言われた。 悔しかった」 と書かれくだりには、
その時の情景が浮かび笑わせて貰ったりしつつ、
” 吾亦紅 ”の歌詞のように、あなたに、あなたに、あやまりたくて、”
の気持ちで一杯でした。ほんとに親孝行出来ませんでしたね!
この写真はまだ戦火が激しくなかった頃、赤十字から海軍看護婦として派遣された、
上海で撮られたものです。写真の裏には”人生で一番幸せだった頃”と
書かれたおりました。本当に幸せそうで穏やかな顔をしていると思います。
自分が生まれる前のものであっても、親不孝者としては笑顔の母の写真は救いであります。
友川の 赤いポリアン 聞きながら 野草愛せし 母の七七忌
by yomezaka
| 2008-12-03 18:52